形見

祖父の形見分けのとき、私は遅れて行ったため、「もうこんなのしか残ってないよ」と、みすぼらしい小さな器を叔母から手渡されました。

黒ずんでよくわかりませんでしたが、中東あたりの銀器だということでした。

祖父は若い頃、あちこちの国に出稼ぎに行っていたということを、その時初めて聞かされました。

その証拠にと、叔母が見せてくれたのは古いアルバムには、イスラムのモスクの前で微笑む若き日の祖父の写真がありました。

私はその写真も形見として受け取りました。

私は疎遠だった祖父のことは、とくに若い頃のことなどはほとんど知りません。

まるで血のつながりのない人のように思うくらいでした。

数年後。
旅行でトルコに行くことになっていた私は、ふと、形見でもらった銀器のことを思い出しました。

銀器は黒くなっていましたが、磨いてみるとかなり綺麗になり、細かな花模様が彫ってあることがわかりました。

調べてみるとやはり中東のもののようでした。

そして写真のモスクはトルコのイスタンブールの有名なブルーモスク寺院だったのです。

祖父はトルコに行っていたのかと、驚いた私はトルコ旅行に写真と銀器を持っていきました。

そして寺院と写真を見比べて、祖父が撮影した場所を探しだしました。

周囲の様子はすっかり変わっていましたが、角度的にここしかないという場所がありました。

私は銀器と写真を持ってそこに立ちました。

不思議な気持ちでした。

遠くて薄いつながりだと思っていた祖父が、はるか異国の地で、初めてつながったような気がしたのです。
冷たい銀の器が、なぜか指先にあたたかく感じました。